玉壁について

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串間市の吉松邸に玉壁のレプリカが保存されています。

これは串間市内の「王の山」から文政元年(西暦1818)年2月、佐吉という農民が自分の畑の石棺から発見したと伝えられています。

古来中国では金銀より遙かに価値のあるものとされ、15の城と玉壁1個が交換されたと言われるほどのものです。

石棺から出たとされていますが、
①その石棺の埋葬者は誰か。
②石棺は串間市内の何処にあったのか。
③玉壁意外に鉄製品や勾玉も出土したと伝えられるがその所在は。

そもそも串間から出土したかどうかも疑わしいという学者もいることから、解明が待たれるところです。
といいますか、そこを研究するのも蘇鉄の会です。

 

玉壁について」への1件のフィードバック

  1. 玉壁については、私が住む集落に暮らしていた百姓佐吉が、南上方にある畑で発見したという言い伝えがあります。約三十年前に発掘調査が行われたのですが、それに関するものは何一つ発見されませんでした。

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